「医療そのものが成立しなくなる」
大曲貴夫氏が語る、日本のAMR危機と国際社会の課題

大曲貴夫氏は、感染症専門医・医学博士。国立健康危機管理研究機構 危機管理運営局 感染症臨床政策部長、国立国際医療センター副院長および国際感染症センター長を務め、感染症危機管理や災害医療を統括している。
GARDPは、感染症診療、感染予防・制御、健康危機管理を専門とする大曲貴夫氏に、その取り組みと薬剤耐性(AMR)に対する考えについて7つの質問を行いました。
AMRはすでに日本で起きている問題でしょうか?
日本でも深刻な問題として起きています。海外より状況は軽いと言われることもありますが、決してそうではありません。現在、日本では主にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)と薬剤耐性大腸菌が問題となっており、これらによる菌血症で年間推計1万人が亡くなっています。AMRは将来の脅威ではなく、すでに日本の医療現場で進行している現実です。
抗菌薬が効かなくなったら、医療はどうなりますか?
医療そのものに大きな影響が出る可能性があります。手術では感染予防のために抗菌薬を使いますが、薬が効かなければ手術自体が難しくなります。がん治療でも、抗がん剤による免疫低下に対応するため抗菌薬が不可欠です。臓器移植など高度医療も同様です。AMRは単に「感染症が治らない」という話ではありません。“医療そのものが成立しなくなる”危機なのです。
なぜ新しい抗菌薬は開発されにくいのでしょうか?
抗菌薬開発は技術的難易度が高く、莫大な費用がかかります。一方で、抗菌薬は高額薬ではなく使用量も限られるため、売上規模が大きくなりにくいという特徴があります。そのため投資回収が難しく、承認取得後に経営破綻した海外企業もあります。こうした構造的な課題があるため、抗菌薬開発を民間企業だけに依存する形では限界があります。

抗菌薬開発のあり方は、どのように変える必要があるでしょうか?
民間企業は収益の確保を前提としていますが、抗菌薬は市場原理だけでは維持しにくい分野です。そのため、政府や公的機関による関与が重要になります。抗菌薬は社会全体の医療を支える“公共財”に近い存在であり、その価値は短期的利益だけでは測れません。
こうした課題に対しては、公的な仕組みや非営利主体も含め、さまざまなステークホルダーが関与しながら、新しい開発やアクセスのあり方そのものを再構築していく動きが進められています。 その中で、GARDPは新しい抗菌薬開発のあり方を実際に示しているモデルの一つだと考えています。目標やアプローチにも共通点が多く、協業の可能性は大きいと感じています。
実際に一緒に取り組むことで、日本においても同様の仕組みを実現できる可能性があり、その結果として研究開発やアクセスの在り方そのものが変わり、より持続可能で強固な体制へと発展していくことも期待できると思います。そういう意味で、日本にとっての利点は非常に大きいのではないかと考えています。 一方で、こうした仕組みを支えるには市民の理解が非常に重要だと思います。
AMRは一国だけで対処できる問題でしょうか?
AMRは国境を越えて広がるため、一国だけで解決できる問題ではありません。薬剤耐性菌の国際的移動は増えており、海外の問題は日本の問題でもあります。治療薬の研究開発においても国際協力は不可欠です。日本は研究力に強みがありますが、臨床試験では国内だけでは十分な数の患者を集められない場合があります。各国がそれぞれの強みを持ち寄ることで、研究開発全体を前進させることができます。こうした観点からも、AMR対策において国際協調は欠かせないものだと思います。
日本にはどのような役割が期待されているのでしょうか?
日本には、国民皆保険制度、感染対策インフラ、安定した医療提供体制という強みがあります。さらに、日本の研究開発力は国際的にも高く評価されています。近年、海外関係者から「日本は逃げないでほしい」と言われることがあります。国際協調が不安定化する中でも、日本は比較的一貫して国際保健分野への関与を続けてきました。その継続性と信頼性に対する期待は大きいと感じています。
一方で、日本の課題は何でしょうか?
最大の課題は、国民の間で危機意識が十分に共有されていないことです。COVID-19やエボラ出血熱の危険性は理解されやすい一方で、AMRの脅威はまだ広く浸透していません。例えば、英国では長年にわたり公的機関による啓発や学校教育が行われてきましたが、日本ではAMRが専門家内部の問題として扱われがちです。しかし本来は社会全体の課題です。
また、自分達自身の反省も含め、研究開発、感染対策、抗菌薬適正使用、アクセス改善、政策、国際協力といった各分野の取り組みが、十分につながっていない印象があります。
バラバラに動くのではなく、ちゃんとゴールを共有して、それぞれの取り組みをつなげていくこと。
それが今、日本では大事だと思います。
【関連動画】抗菌薬が効かなくなったら、医療はどうなるのか?| 大曲貴夫博士が語る薬剤耐性問題(2分39秒)